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2011年3月

オロオロしています。。

震災後、海外に住む友人からメールが届きました。

ドイツでは、環境政党の緑の党の躍進で、原発の流れが変わりそうです。
アメリカの友人からは、「とにかくアメリカに来い!」という強いメール。
いつもの冗談も通じません。

日本のメディアより、結構重い内容に、複雑に驚きます。

日本の原子力については、研究機関ではありましたが、独身時代、事務の片隅に籍を置いていました。
原発の人たちとの交流はほとんどない世界で、閉鎖された世界という印象は最後まで持っていました。

スリーマイル島の事故や、在籍中にロシアではチェルノブイリ事故などもあり、原子力は輝きを失い、大学で原子力を学んだ学生も金融機関に流れていき、世の中はバブル景気に溢れ、物質主義を謳歌していました。

上司は、原子力の学生を何とか呼び寄せようと、大学へ獲得に行き説得につとめたりしていたのを覚えています。

当時、共同研究の予算も海外では縮小ムードで、それでも日本は、原子力の安全性と発展に努めて、世界をリードしてきたという自負はありました。

今、過酷な現場で必死に働いている人も多く、ご苦労に光が射しますように、何とか収束しますようにと願っています。

天皇からのメッセージ

寒い日が続いております。関東の雨は被災地では雪に。
何よりも体を温められることが出来ますように。
ばらばらになったご家族や親族がいらっしゃる方、大切な方との再会がかないますように願っています。

天皇からのメッセージがメディアを通して流れました。
天皇は「メッセージの途中でも緊急のときには中断をするように」と要請。

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「どのようなときにも生きていってほしい」という天皇のお言葉に、涙が出ました。
勇気と励ましをいただいた日本人は沢山いると思います。
海外からの支援も、感謝です。

まだ被害の全容も分からないなかで、原発の問題もあり、胸が痛みます。

出来ることから少しずつ始めたいと思っていること、私のまわりの人たちの共通な思いです。
一緒に復興していきましょう。

2011年3月11日の大震災

被災された皆様に、心よりお見舞い申し上げます。
ライフラインの一日も早い復旧を、願います。

ちょっと曇り空。この日を一生忘れないでしょう。
「夕方から雨が降るかも」室町で食事をしていたときに、友人と話をした。

友人は私と同い年で仲良し。日本橋木屋でのハサミの調整に時間を合わせ、ランチをご一緒しました。

普通の、日常の風景が、この日、こんなかたちで変わるなんて想像もつかなかったこと。

三井美術館をご一緒し友人と別れ、表参道に向かう銀座線で、青山1丁目の駅に止まろうとした時、大きな揺れを体験しました。
地上に出ないでくださいというアナウンスがあり、じっと待っていたものの、大きな揺れが治まるのを待って、そろそろと地上に出て表参道まで歩きました。

歩きながら当日の青山通り。銀杏並木の先に見えるのは絵画館。
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3-4時間待てば復旧するだろうと思ったこと、夜になり、考えが甘かったことに気づきました。

そのうちに携帯の電源が切れて日付は変わり、タクシーで帰宅出来たのは被災から24時間後。

部屋は、想像していた以上にひどく、ガラスや調度品の瓦礫の山をよけながらテレビを付けた瞬間、画面からの映像に涙がこぼれました。大きな津波に、家は流され、原発のバックアップ電源小屋も備蓄のタンク小屋もなくなっている。

泥のついた手を何度も拭いながら、震え「助かってこうして生きて良かったのかどうか。。」言葉にならない悲しみでいっぱいになります。

大きな喪失感と絶望。
生きてほしいと、思いました。

2011年啓蟄です。

今日は啓蟄。

冬眠から覚めた生き物が、地上に出てくるという日。

何となく冬眠並みeyeに動きを最小限にしているこのごろ。
外出も、急ぎで用事だけを済まして帰宅します。

スタッフとの打ち合わせも電話での回数が増えましたsweat02

愛猫も私も、本来はお出かけが大好きsun

春を待って開花するつぼみのように、少しでも元気になれることを願っています。

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進水100周年 豪華客船タイタニック号展。。

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開催:2011年3月2日〜3月14日
会場:日本橋三越 新館7階

1911年に北アイルランドのベルファストで進水した タイタニック号の進水100周年。

それから1年後の4月10日、英国のサウザンプトン港からニューヨークへ向け処女航海に出て、翌年の4月15日にカナダ、ニューファンドランド沖の大西洋で氷山に接触して沈没。

会場では、沈没当時のやりとりのテープが白黒の写真とともに映像で再現されていて、悪い偶然が重なった不運に驚き、逃げられない暗く寒い海を想像するとコワくもなり、悲しくなります。

会場では、船の図面もあり、客室を再現していて等級の違いも分かります。
食器にも等級の差は見られますが、全体的にテーブルウェアは思っていた以上に小さい。
カトラリーも、うーん。。使いにくそうで、贅をこらしたと云われている映画のような贅沢さよりずっと質素という印象を受けました。

船の会(The Ropeの会)の人間としては、沈没船を拝見するのなら進水してすぐに横倒しになったヴァーサ号の方が興味を持って見られるかも。帆船だし。

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手元にある当時のボーディングパスを再現したチケット(実際にはもっと大きいA4サイズくらいの紙でした)は、来週、ランチをご一緒するお友達にお渡しする予定です。
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ダウニング街10番地のネコちゃん。

春ですねー。
ウールのコートもちょっと重そうに感じる時期。

首相官邸にネズミ捕りの為のネコちゃんが就任したWebNewsを拝見しました。
玄関の黒いドアに、チョロチョロとネズミが行き来している姿がTV中継時に流れ、予算はないものの雇い入れることに決定したそうです。

推定年齢は3-5歳。施設での旺盛な狩猟意欲と社交性が選任の理由。納得eye
うーん。。堂々としていますね。

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